幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅳ
1時間ほど航海を続けたところで、目的の島へ到着しました。
サイ島、と聞いたような気がしますが、恐らく三日月は眠って起きれば忘れそうだなと思います。
クリュセを覚えているのは、クーデリアが強い印象を残したため。
今オルガが話をしている男が島のリーダとのことですが、その人を含めて見渡す範囲に、三日月の記憶に残りそうな人物は見当たりません。
そこは見渡せる範囲に島の大半が収まるほどの小さな島。
ここの港から海を挟んで遠目に見える、ドルトという島の方が数倍大きいそうです。
サイ島での交渉が終われば次はドルトだとオルガは言っていました。
ここは島のリーダの家の、一番大きなリビングのような部屋の中。
オルガのみ椅子に座り、向かい合って話をしています。
三日月の興味はリーダとの交渉に1カケラも向けられず……この点はシノとユージンも完全に一致しますが、3人とも口を挟むつもりは一切なく、オルガの話に聞き耳を立てる程度です。
交渉のテーブルの背後の壁際に立った3人は見守るのみ。
「……あいつ大丈夫か?」ひそ……とユージンが呟きます。
「なんか、揉めてんな」シノが相槌を打つ。
そして眠気と戦う三日月は「……いつまでかかるんだろ」と陸の上で舟を漕ぎそうでした。
「だから、ギャラルホルンに【勝つ】ためだとは言っていません。
俺達のところのクーデリア……様、は、あくまで万が一軍隊を送られた時に自衛できるように」
「同じだ同じ!あの軍国が、この群島の武力程度で侵攻を諦めるものか。
クリュセに降伏勧告が送られたらしいという噂は本当だとわかった。それで充分だ。
巻き込まれるつもりはない、この島は大人しくしておくよ!」
島の長を務める初老の男性は、面倒はごめんだと手を振ります。
オルガもこの程度で引き下がるつもりはありません。
「大人しくここだけ見逃してくれるとは、とても思えない。
それにあの国に飲み込まれた国の末路を知らないわけじゃないでしょう。
この島や群島一帯が死んでなくなるのと同じくらい、自由も風土も無視されて踏みにじられていく」
「く……」
「……話の前に見せた、俺の後ろの仲間の紋章。あれがあってもですか」
三日月は身動きはせず、目線だけ自分の左手に落としました。
たったそれだけでも、男性はぎくりと身体を強張らせ椅子を立ち、近くの窓辺で頭を抱え震えています。
「ば……罰の……!い、いや、それでもだ……ギャラルホルンもゴメンだが、あの呪いに近づきたくもない!」
後ろでこの会話を眺めるシノは、リーダの様子にしきりに首をかしげ、小声で隣のユージンや三日月に「なあなあ」と話しかけます。
「なーんか……クーデリアに聞いてたのと違うよな?罰の紋章ってやつ」
「ああ。あれがあれば群島の人間なら味方になるって、言ってなかったか?」
「違う」
シノとユージンの会話に、珍しく三日月がきっぱりと入り込みました。
「違うってなんだよ三日月」とユージンが訊くと、
三日月は横目でちらりと隣の彼を見てからテーブルの方向へ目線を戻し、
「……クーデリアが言ったのは、この辺の連中に影響力がある、ってだけ」
と口を開きます。
「これを見せれば味方になるなんて、1回も言ってない」
「……あ」
シノとユージンは瞬時に納得し、溶けていた水がみるみるうちに凍っていくように背中が寒くなりました。
考えてみれば三日月の言う通りです。
群島に影響力を持つ、とは言いましたが、皆がそれに従うとは言っていませんし、
紋章の下に結束しなければ、とも言いましたが、群島を守るのはそこへ集った人の力だと彼女は言ったのです。
「……これ、実はかなり面倒な仕事だったり……しねえよな?」
はは……と乾いた笑いを漏らすシノに、ユージンは「笑えねえよ」とため息をつき、三日月は無言でオルガを見ています。
オルガはもちろんその事実を分かっているだろうと思いながら。
実際のところオルガはその点は踏まえた上で、罰の紋章の話を切り出しました。
「罰」という名では、戦意を鼓舞する正義の御旗になんか最初からなりようがないので、
どちらかといえば群島の誇りを煽り、ギャラルホルンに抵抗してみせようとする気持ちの拠り所にならないかと試したのですが、そもそもオルガの想像以上に罰の紋章は脅威として恐れられているようでした。
(……その辺の加減はどうやったって俺らには分からねえんだよな。
あの姫さん、さすがにそこまで計算して余所者の俺らに敢えて押し付けてきたとは考えにくいが、マジで面倒なこと頼みやがって)
得体のしれない力そのものと、どれだけ圧政を強いるとしてもとりあえず人であるギャラルホルン、
それらを天秤にかけるのなら人の方がかろうじて信用できる、というのでしょう。
「ただ……」
弱々しく震えていた男性がぽつりと呟く声で、どうするかと様子を窺っていたオルガは顔を上げました。
「……クリュセには、本当に申し訳ないと思うんだ。クーデリア様にはよくしてもらってきた。
この群島諸島全体を束ねる王政はないが、仮にあったとすればクリュセとその王が群島の長と思っているし、
皆の個性を重んじてくれるあの方はそれに相応しいとも。
力にはなりたいが、見てくれこの島を。戦える人間は多くない。そもそも力にならんよ」
そこで彼の言葉は終わり、後はまた遠くを見つめて黙り込みます。
その背中が「早く帰ってほしい」と主張していました。
「……そうですか。わかりました」オルガは小さく頷いて立ち上がります。
すると「クーデリア様に、す、すまないと!本当に、心から」あからさまにほっとした顔で男性が振り向きました。
「まあ、はい。伝えておきます。
ああそうだ、それとは別に今日はこの島で一泊して、明日の朝出発したいんですが、宿屋は」
「ああ、ある!ここを出て左の道を上がりきったところだ。
島で一番見晴らしがいい高台に建っている」
「ありがとうございます」
オルガはお礼を口にして、三日月達へ大きく一度手招きをして「行くぞ」と合図を出しました。
男の言っていた通り、島で唯一の高台となっている場所にその宿屋はありました。
きつい傾斜の坂を上りきると、小ぎれいな2階建てが見えてきました。
そこから見えるのはあたり一面が真っ青となった、海の真ん中に立っているような感覚を味わえる絶景です。
夕暮れなので今はオレンジ色が混ざり始め、4人とも、宿屋へ入る前にしばらく無言でその景色を眺めました。
北の方角に見える大きな島が、恐らくドルトでしょう。
その更に北にはあのギャラルホルンが……。
オルガが宿の手続きを終え、部屋まで運んでもらった夕食を食べ終えた後、4人はこれからの話をしました。
「オルガ、あんな簡単に引き下がってよかったのか?」ユージンが不満そうに言いました。
「あれは仕方ねえ。あのじいさんは罰の紋章がどうだとか、この島の誇りがどうだとか、そういうのよりなによりとにかく生きてることが大事だっていうタイプだ。それは別に悪くねえし、そういうのを無理やり脅したところで肝心な時にギャラルホルンに寝返るぜ。だからむしろ……」
そこでハタとオルガの話が止まりました。
「ああ、くそ……!」
「オルガ?」三日月がその意図を訊きます。
「あの姫さん、もしかするとその辺の反応も見たくて俺らを使ったのかもしれないってことだ。自分が出ていくより、相手の本音が出るだろ」
「あーそりゃそうだ」オルガの答えに、シノはからからと笑いました。
「偉いヤツの前でばっさり本音言えるのなんて、三日月くらいだぜ」
「は?」意味が分からないと言う三日月。
「いやいや」
「ともかく、あのじいさんと同じ答えを出す島を切り捨てるつもりはないだろうが、まあ、実際そういう情報だって役に立つ。クーデリアもまだ底が知れねえな」
「……ふーん」
このサイ島の方針はそのまま報告するとして、明日は早朝からドルトへ向かうということにしました。
ドルトは群島諸島の中でも最もギャラルホルンに近く、
クリュセよりもはっきりと軍国の哨戒船へ抗議をしている島です。
今日よりは楽な交渉が期待できそうだと、部屋の灯りに手を伸ばしながらオルガは言いました。