幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅵ
その日は、長い1日でした。
「三日月、哨戒、お疲れ様です」
クリュセの爽やかな早朝、船から桟橋に下りた三日月を、クーデリアが迎えました。
いつもは2人か3人が一緒ですが、今日は三日月とクリュセの兵1人だけで日の出前から哨戒に出ていました。
それはサイ島とドルト島から三日月達が戻ってから7日目のこと。
ドルト島の件の後、長距離の航海は当面自粛となり、三日月の船どころか漁船のほとんどが海へ出られない日々が続いていました。
他の島を廻り協力者を集める……というクーデリアからの依頼も中断となり、この7日間の間の航海と呼べる航海は、どうしても必要と彼女が判断した2つの島に行ったことだけでした。
それ以外は唯一、クリュセの近海に異変がないか見て回る哨戒任務だけが海へ出る手段となったため、
三日月は必ずそれを引き受けるようにしています。
桟橋に下りた三日月と入れ違いに、船の整備を始めるクリュセの島民が彼の船に乗り込むのを横目で見ながら、三日月は依頼主であるクーデリアへ報告を入れます。
船が波を立てる音、髪を撫でていく潮風。そして朝が目覚める前の静けさ。
その時間がとても気持ちがよかったのか、三日月は機嫌が良さそうでした。
「ただいま」
これお土産、と、モンスターと戦った後に落ちていた貝殻をクーデリアへ渡す三日月。
庇護の効果があるようですが、彼はアクセサリに興味がなかったので、ひょいと無造作に差し出します。
三日月は自分の手のひらの上の貝殻を改めて見てふと、アトラが役に立つお守りを作れると言っていたことを思い出し、今度手に入れたら、クリュセの近くの浅瀬で過ごしている彼女に訊いてみようと思いました。
「まあ、装備品でしょうか。ありがとうございます」
「今日も何もいなかった。こういうの落とすモンスター10匹くらいは倒したけど」
「そうですか。ギャラルホルンはすぐにでも、こちらの準備が整う前にクリュセや群島へ攻め込むのではないかと思っていましたが……」
「あっちも遠いし、準備とかあるんじゃないの」
「それもあるでしょうね。しかしなんにせよ、平和であることに不安があるというのはおかしな話です」
「俺はいつもと変わらないけど」
「ええ……三日月は、強いのですね」
「そう?」
まあ偉い人のアンタよりはそりゃあね、と言いながら三日月が隣に立つクーデリアの方に身体を捻ると、彼女はじ……っとまっすぐ目を見つめてきました。
「その紋章を宿した人間は、それだけで狂気に身をゆだねる者もいると伝え聞いています。
その渦中にいてもなお、貴方は何が相手でも最善を尽くすために一歩を踏み出せる、とても強い心をお持ちだと私は思います。
……もしかしたら、その紋章が選ぶのは三日月のような……」
そこではたと言葉を区切り、一瞬目を伏せたクーデリアは
「……いえ、忘れてください」
と続け、三日月から手渡された貝殻を大事そうに手の中に包み込みました。
「あっそ」
相変わらずこいつの言うことはよく分からないな、と思う三日月ですが、とはいえ悪い印象は全くないので、
今言われたこともきっと良いことなんだろう、と思いました。
「ていうか、何でわざわざ出迎えになんて来たの?1人で」
いつもクーデリアの2歩ほど後ろに控えているフミタンはいません。
最近忙しくしているのか、別々に行動しているところを三日月はよく目にしていますが、クーデリアが1人で港まで来たのは、ドルト島から戻った彼らを出迎えた時くらいでした。
「それが、こんなに朝早くから申し訳ありませんが、もう一度海に出ていただきたくてお願いに来たのです。
既にオルガさん達にもお願いしてあります」
「オルガも。それって、仕事?」
「はい。以前お願いした件です」
「ふーん……俺は別にいつだっていいけど、こないだ海に出るなって言ったのは?」
「その状況は変わりませんが、今回は特別です。
少し遠出になってしまう危険については申し訳ないのですが、緊急でお願いしなければならず……」
「だから今も何もいなかったし、危ないかどうかは何かあった時に考える。
仕事か。アンタが海に出るなって言わないんだったらそれでいい……あ、オルガ」
「ミカ!」
街から港へ下りる崖の間の道を、オルガ、シノ、ユージンが3人揃って歩いてくる姿が見えました。
三日月もそちらへ早足で歩き、合流します。
「話は聞いたか、ミカ」
「うん、ちょうど今ね。仕事だって?」
「ああ」オルガはクリュセの西の方をクイと親指で差し、あの辺に少し行った島に行くのだと言いました。
「つっても、ま、ちょっとそこまでって感じだけどなあ」子供のお遣いだと言わんばかりにシノは肩を竦めます。
大げさだと暗に態度で訴えるシノとユージンへ、クーデリアが首を振りました。
「今は何が起こるか分かりませんから、万が一ということもあります」
「シノの言い方はともかく、さっきも言ったが、それならなおさらここに誰か1人くらいは残しといたほうがいいと思うぜ。
留守中にギャラルホルンが来ない保証はしてやれねえぞ。あいつらが直接攻めるとしたらここ一択だろ」
三日月は、話を進めるオルガとクーデリアの顔を交互に目で追いながら、耳を傾けています。
この仕事の発端はこう。
三日月は知らなかったのですが、昨夜、ある島からクリュセへ使者が来ました。
一緒に戦う意思はあるものの、罰の紋章を確かめてから確約をしたいので、申し訳ないが来てくれないかというのです。
一晩考えた末に、クーデリアは誠意を見せる必要があると判断しました。
(……そんなの)
「オルガと俺だけでよくない?」
「ミカ。ああ、俺もそう言ったんだがな」
そう、と頷いた三日月はオルガの反対方向を向いて、クーデリアへ「2人で平気」と言いました。
常に毅然と話すこの島の王女様も三日月の力強い目には弱いのか、少し躊躇いを見せます。
「三日月……ですが……」
「シノとユージンがいれば、何か来ても少しは持つでしょ」
「少しって何だ、三日月!」
その評価は納得がいかないと、ユージンが三日月に抗議します。
「吠えんなよユージン」
からからと笑うシノは、ユージンの背中をバンと叩きました。
「今から出れば明日帰ってこられるくらいの距離だろ。オルガと三日月が戻るまでの間くらい、しっかり番犬しといてやるよ」
「てなわけだ」
オルガが腰に手を当てクーデリアに自分達の選択を示すと、納得させられたのでしょうか、クーデリアは頷きました。
「わかりました。それでは、何かあった時はお2人にお力を貸していただきますね」
クーデリアが穏やかに笑うのを見て、けろりと態度を変えたユージンは得意げに胸を張り、三日月とオルガに
「この島は俺らが守ってやるから、さっさと帰って来いよ」と言ってやりました。
それから15分ほどすると船の点検が一通り終わり、三日月が帰るまでに港に準備されていた物資が積み込まれました。
船の操作と護衛としてクリュセの兵が2人ほど同行すること、クーデリアがどうしてもそこだけは譲らなかったため、
呼ばれた兵が先に乗り込んで操舵室に入っていきました。
遅れてオルガと三日月が乗り込みます。
島に残る2人と、海へ出る2人は、お互いに「任せろ」と言うように拳を合わせて見送りの挨拶をしました。
クリュセの港に立つ人や船がぼんやり見える程度には沖に出た頃、船首から海を眺めていた三日月が
「ねえオルガ」
と話しかけます。
「CGS追い出された時は誰も港にいなかったけど、帰るとこに迎えがいるって、なんかいいね」
「だな」
「早く片付けて帰ろうか」
「ああ。それと、いつか俺らもビスケット達を迎えに行こうぜ。
ミカの冤罪を晴らすだけ晴らしたら、俺はもうあそこに帰って生きてく意味はねえと思ってる」
「俺も。俺は冤罪とかそういうのはもうどうでもいいんだけど。
クーデリアに仕事もらったり、この辺の島で仕事したり、今の生き方結構気に入ってる。
桜ちゃん、クリュセで養殖やればいいのにな」
「気が合うなミカ。なら、さっさとビスケットや昭弘を連れ出しに行って、皆で俺達の家を作るか。
そのためにはさっさとギャラルホルンとのごたごたを終わらせるしかねえ」
「うん。じゃあ舵取りに急げって言ってくる」
「おいおい、ほどほどにしてやれよ!」
うん、と2回目を言ってから早足で操舵室に向かう三日月の背中を、オルガも楽しそうに見守りました。
どこまでも続く空の下、同じ海で繋がった場所にいる仲間の顔を頭に浮かべる時間や、
ビスケット達が聞いている波の音も俺達と同じかもしれないな、という想いは、
いつでも三日月やオルガ、シノ、ユージンの頬を緩ませるのでした。