幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅵ

クリュセの港へ三日月とオルガが帰り着くと、太陽はもうすっかり落ちていて、王宮へと続く道にはランタンの灯りが点っていました。
街にも夕食を楽しむ音が漂い、昼間より賑やかに感じます。

「シノとユージンは……クーデリアのとこか?」

オルガは飲み屋と広間をきょろきょろ見渡して2人を探しますが、それらしい人影を見つけることはできなかったので、そのまま三日月と王宮へ歩いていきました。

王宮前の広間へたどり着くと、夜空の星を見上げているクーデリアが立っていました。もうすぐ夜中だというのに、2人を待っていたのでしょうか。
三日月達に気が付いた彼女は、顔を綻ばせて駆け寄りました。

「三日月!オルガさん、2人とも、お帰りなさい。遅かったですね、予定では」

「ああそれは後で話すが、挨拶は後だ、面倒なことになった」

険しいオルガの顔つきに、クーデリアもすぐに島の主の顔になります。

「と言うと?」

「ギャラルホルンがもうすぐ来る」

「何ですって!?何故、今」

「敵さんの話を聞きかじっただけだが、多分ミカの紋章とアンタの人集め、それが気に食わねえみたいだな」

「戦ったのですか!?」

「悪い、襲われた成り行きで少しな。船で行き会ったらいきなり脅すように武器構えてて、
危うく一方的にやられかねなかったんで不可抗力だ」

「……向こうはそうは思わないでしょう。いえ、お2人を責めているわけではありませんが。
そんな中で怪我もなさっていないようですし、本当によかった」

「ミカが相手の指揮官をのしてくれなかったら、今頃蜂の巣だったぜ」

急に会話の中で名前が出た三日月は、「何?」と首をかしげました。

「三日月が……」

本当に強いのですねと感嘆したクーデリアは、もう一度「無事でよかった」と胸をなでおろします。
数秒の間、目を瞑り何かを考えこんだ彼女は「……遂にこの日が来ましたね」と言い、三日月とオルガを交互に見ました。

「いつギャラルホルンが攻撃してくるかは分かりませんね」

「それは分からねえが、あいつの言い方だと数日中だろうな。明日か、その次か……」

「いいえ、最悪の場合は今これからという可能性もあります。それに、恐らく交渉も無意味」

厳しい言葉を放つクーデリアに、もう少し理想と希望で物を言うと思っていた三日月は少し驚き、
戦争をするつもりもないと言っていたのにどうするのかちょっと興味があるな、と思います。

「もう少し人を集めてからと思っていましたが……」

「ねえ、あのさ」

クーデリアに三日月が声をかけたその時、フミタンが庭園への道を駆け上がってきて「姫様!」と叫び
3人に駆け寄りました。

「フミタン?どうしたの、三日月達なら今」

「船団です!沖に、恐らくギャラルホルンの……!」

「確かですか!?」

王宮と庭園はクリュセで一番の高台にそびえたち、いつでも海を見渡せる場所です。
ギャラルホルンと聞いて3人が一斉に夜の海の方角を見たその時、大きな地響きが起こりました。
街から悲鳴が上がります。
クリュセの港か、その付近から火事のような煙も立ち込めていました。

「ちっ……夜襲か!」
オルガは忌々しそうに叫び、「あの野郎、どっちが卑怯なんだ」と昼間戦ったガエリオの顔を思い浮かべました。

「ドルトの顛末といい、ギャラルホルンとは案外、小心者の国ですね!」

「いい度胸してんなアンタ!」

クーデリアはオルガに向かって早口で指示を出します。

「三日月、オルガさん、お2人はこのまま、以前ご案内した岸壁のあの場所へ向かってください。
あそこには、私の考えに賛同してくれた人や、この島から戦いに赴ける者が既に何人も集まっています。
私はこれから更に島を回って、避難できる人は来てほしいと声をかけてきますから」

予想外の言葉に、オルガが「待ってくれ」と食い下がります。

「アンタの口ぶりは、どうもこの島から逃げるって感じに聞こえるが」

「その通りです」

「さっきの威勢はどこに行った!?ここまで来てあっさり負けを認めるのか!?」

「群島の人の力と心を集める、それはクリュセという島にではありません!」

毅然と言い放つクーデリアの姿に、オルガは初めて人相手にひるみました。

「この場所がかの国の手に墜ちたとしても、群島諸島が消えてなくなるわけではないのです。
明日の旗印となる灯が消えなければ、私達はまだ抗えます。わかってください」

凛と立つクーデリアですが、その手が震えていることにオルガは気づき、
そうだった、この島は彼女の故郷であり家族であり、守る責任がある場所なのにな、と思いました。
簡単に「島を捨てる」と言っているわけでは決してないことでしょう。
オルガも自分がどれだけ動揺していたか気づき、ようやく少し冷静になりました。

「……分かったよ。だがその前に俺らも島の連中を連れに行く。アトラの嬢ちゃんも島の近くにいただろ、連れに」

「アトラさんなら問題ありません。あの洞窟の中に水槽を運び入れて、彼女もそこへ移動しています。
今日はただの訓練のつもりだったのに……」

「……アンタ……分かった、ここはアンタの島だ、指示に従うさ!避難したいやつをできるだけ集めるぞ」

「本当は三日月と貴方には早く行ってほしいのですが、思ったより攻撃が早い。すみませんがお願いしま……え?三日月?」

「ミカ?」

いつの間にか三日月は庭園から姿が消えています。

逃げる、というオルガの言葉を聞いた時点で、三日月は街へ向かって走っていました。
王宮へ向かう途中に預けてきた剣を鍛冶屋に取りに行かなければと、思ったからです。
それにアトラも、姿が見えないシノ達も。
三日月の頭の中には、迎えに行かなければならない人の顔が浮かび、呼びに行って一緒にあの場所へ向かえばいいのだなと考えながら走ります。

「そうだ、俺の剣だけじゃなくて、鍛冶場のおやっさんも一緒に来ればいい」とか、
「そういえば、港で剣教えてくれとか言ってきたチビがいたよな」とか。

クリュセで拾った暖かい何かを溢すまいと、三日月は風より速く急斜面を駆け下りていきます。

「早く行って」
「あっち、クーデリアの家の右の方の崖に沿って行けば門があるから」

三日月がそう声をかけながら、夕食を放り出して逃げろとクリュセの人々を走りださせた時、ふと港の方を見ると、夜目でもギャラルホルンの軍旗だと分かるくらいに、その船団はクリュセに近づいていました。

「あいつら……」

「おい坊主、いや三日月!」

港の方はまだだ、アトラ……と更に駆け下りようとした三日月を、鍛冶屋の雪之丞が呼び止めます。
その手には三日月の狼双がありました。

「おやっさん、俺の剣」

「悪ぃな、さっき受け取ってこの騒ぎだろ、まだ鍛えるもなにもできてねえ」

「いいよ、ありがと。あ、そうだ、クーデリアが、逃げたい奴はあっちに来いって」

「逃げるってあの姫さんが?そうかい、あの嬢ちゃんのことだ、その先も何か考えてるんだろ。
俺はここを離れるつもりはないけどよ……」

「一緒に来ないの?」

「そりゃあダメだ、病人や年寄り、戦えねえ連中を置いてくわけには」

「おやっさんだって戦えないだろ。クーデリアは別に負けを認めるわけじゃないって。
だったら、俺達や誰かが戦う時に」

「鍛冶屋は必要……か」

「うん」

「……おめえもこの双剣もまだまだ伸びしろがあるからな、見届けに行ってやるか」

「あっち」

「うん?港じゃねえのか?ああ……姫さん、ようやくあれをお披露目する気だな」

「あれって」

「今に分かる。きっと気に入るぞ」

子供がプレゼントの箱を開けるようなもんだ、と笑う雪之丞に、三日月も「じゃ、早く行こう」と小さく微笑みます。

「ミカ!」

「オルガ」

駆け下りてくるオルガと三日月が合流しました。

「お前、何も言わないで行っちまうから!」

「ごめん、俺」

「いいさ、お前が随分速く島の連中を連れ出してくれたみたいだって、クーデリアが言ってたぜ」

「オルガ、アトラがまだ」

「大丈夫だ!クーデリアは、もうアトラもあっちにいるってよ。だから後は俺とミカに……おお、おやっさん」

「俺も今誘われたとこだ」

「そうか、なら急ぐぞ!もうすぐ上陸されちまう」

足が悪い雪之丞を庇いながら、オルガと三日月は王宮への坂道を上り、庭園を抜けて岸壁の細い道を駆けて行きます。
この道には足元を照らしてくれるランタンはなく、三日月が手に下げるランプが唯一の光でした。

「三日月!」

そこへ、王宮の中からクーデリアとフミタンが追いかけてきます。

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坏乃

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