幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅵ
オルガの交渉は今までになくスムーズでした。
サイ島のような抵抗は最初から起こらず、求められるがまま三日月が罰の紋章を長に見せると、
その紋章と、平然と立つ三日月の姿を見比べ、胸を詰まらせて頭を垂れました。
その後はすぐに話がまとまり、この島はクリュセと行動を共にすると返事を受け取ったのです。
既にお昼を回った時間。
すぐにクリュセに引き返すつもりの2人でしたが、その島の長に「近くにも同じ意思の島がある」と言われ、
少し悩んだ結果、そちらの島へ出発しました。
その島から1時間もかからない距離にあるようだし、またクリュセと往復するよりまとめて話をつけた方がいいだろう。
航路次第では、日がちょうど沈む頃には帰れるはずだ、というオルガの判断でした。
無事にもう1つの島とも約束を取り付け、今度こそ戻ろうと海へ繰り出しました。
三日月は頭の真上に高く上った太陽を見上げました。
ここ数日、曇りもなく晴れ渡るいい天気が続いていましたが、その日三日月が空を見ると、雨が降りそうだなと直感で思います。
それを伝えるとオルガは「まだしばらく晴れるだろ?この辺の雨季はまだ先だぜミカ」と言いましたが、
三日月は「雨の匂いがする……」と言ったまま水平線の方を眺めていました。
当初の目的の島から少し北の島へ寄り道をしたため、クリュセへ戻る航路は予定より北を通るものになります。
その海域は、多くの無人島や、島よりは小さいものの無視もできない大きな岩がいくつも海面に顔を出していて、少し見晴らしの悪い場所です。
しかし潮の流れは良く船のスピード自体は速くなるので、オルガは行きの道には使わなかったこの航路を使うことにしたのでした。
「やっぱ行きよりは速いな。あと3時間もあれば戻れるか?」
太陽と島の位置を測りながら指示を出すオルガがそう言ってしばらく海を進んだ頃、波がざざ……と荒くなりました。
風の向きの変化を肌で感じた三日月は、無言のまま、船首のデッキ中央で剣を抜いて全方位に神経を尖らせます。
「……オルガ紋章付けてたよね。向けといて、あの島の方」
突然隣の相棒から放たれた殺気で1歩後ずさったオルガは、その言葉で咄嗟に自分の右手の炎の紋章を見て、
また三日月の顔に問いかけます。
「ミカ?敵か?」
それでも三日月は黙ったまま左手を剣の鞘に当て、クリュセで手に入れた愛剣「狼双」の握りを確かめるだけ。
操舵室から様子を伺うクリュセの兵には、オルガが小さな声で
「島に沿って進め、1人は船の舵、もう1人は紋章砲の横だ。白兵戦は基本的に俺とミカでどうにかする」
と伝えました。
静かに
静かに
三日月達の船は、さあ……と静かに波を分けながら大きな無人島の影を通っていきます。
影に包まれて視界が暗くなったのも束の間、ゆっくりと船首が太陽の前に顔を出し始め、
そして波がまた荒く、高くなりました。
あと一呼吸……とオルガが息をのんだ時、三日月の右足が一歩下がり、その身体は低く沈み込みます。
その光の先に姿を現したのは、群島諸島の船とは違い戦うために造られたシャープさを持ち、
マストにギャラルホルンの軍旗を掲げた船でした。
恐らくもうとっくにこちらの存在を認識していたのでしょう、既にその船のデッキでは数人が武器を構え、
こちらを攻撃する準備を整えている様子が見えました。
三日月は相手の臨戦態勢を見て取り、足に力を込めながら相手との距離を目で測ります。
さあどう動くべきだ?と、オルガはあらゆる情報を得ながら考えています。
抵抗するつもりはないとでも言うべきでしょうか?
先にその状況を変えたのは、晴天に響き渡った声でした。
「見つけたぞ、このガキ!」
その言葉が終わる前に、三日月は助走をつけてギャラルホルンの船の甲板へ飛び移っていきます。
指示を求める敵兵の視線が全て集まる場所、他の兵とは明らかに違う防具に盾と剣、
そして何よりその偉そうな態度。
三日月は一足飛びで甲板へ飛び込み、その大木のような青い髪の男1人に狙いを定め、
男を剣ごと一太刀で切り裂くつもりで右手の剣を振り下ろしました。
ギャンッ!と耳を切り裂く金属音に、周囲のギャラルホルンの兵やオルガは耳を一瞬庇います。
自分の手にビリビリと衝撃が返ってきたことで、先制が失敗に終わったことを三日月は悟りました。
「あれ、やり損ねた」
「こ……、の、ガキ……!!」
寸でのところで大剣が三日月の剣を受け止めています。
敵の将校は甲板に膝をつきそうになるほど足に力を込め、両手で剣を支え、なんとか胸当ての前で狼双を薙ぎ払う。
弾き飛ばされた三日月ですが、難なく宙でくるりと身を翻し軽い足取りで着地しました。
「今度という今度は容赦するものか!俺はギャラルホルンの―」
男が何か言わんとする中、敵の言葉など聞くつもりがない三日月の動きと剣がヒュッと空を切り、
瞬く間にまた間合いを詰めて難なく懐に入ったと思えば、鋭く下から斬り上げます。
他の兵が加勢に入ろうと一歩踏み込んだだけで、三日月のスピードに時を止められたように足は動かず、見ていることしかできません。
その男、以前遭難中の三日月達と出会い、一度戦ったガエリオは、身体の反応まではできなかったものの何とか反射的に剣を動かすことだけは出来て、三日月の剣を紙一枚のところで受け流し、2歩、いや3歩、と後ろに下がりました。
「くそ!最初の一撃といい、なんだこの、貴様!」
全身で悔しがるガエリオが叫びました。
「敵」
次はどう仕掛けようか、摺り足でじりじり間合いを取る三日月はぶっきらぼうに答えます。
答えなくてもよかったな、親切すぎたかも、とさえ思いました。
「そんなことじゃない!
名乗りもせずいきなり斬りつけるなど、卑怯にもほどがあるだろう!」
「は?待つわけないだろ」
「貴様、礼儀というものを知らないのか!!」
待つわけがないと言ったその言葉の通り、右へ左へと軽くステップを踏んだ三日月は、
次はどちらから来るかとガエリオが迷う隙を突いてまた軽々と踏み込み、連続で斬りこみ始めました。
三日月にやや押されつつも、抗議を口にしながらガエリオはなんとか三日月の攻勢を受けています。
ラフタと三日月が戦った時と同じ、剣がぶつかり合う金属音と衝撃が海に響きますが、今のそれはもっと重い、重い音。
「礼儀って、不意打ちで俺達を襲おうとすること?」
「っ相変わらず、口の減らんガキだな貴様!」
大剣を構えるガエリオの体格は飾りではありません。
ギャラルホルンの兵を頭1つも2つも抜きんでた身長と、がっしりとした身体が足に力を込めて構える剣は
三日月が見定めたより重いもので、三日月の攻撃は当たりこそすれど剣を吹き飛ばすことはできないようです。
それに、ラフタ以上とは言いませんがガエリオの剣さばきは決して遅いわけでもありません。
その体格に似合わぬ剣の速さはギャラルホルンでも一、二を争い、彼自身もまさに誇りとしていたところ。
だからこそ三日月も簡単に背後は取れず、前から攻撃を繰り出すことしかできないというのが事実でした。
しかしそれを理解する余裕はなく、2回りは小柄な男に目が回るほど振り回されているのだから、
ガエリオの動揺は如何ばかりでしょうか。
三日月の剣は少しずつガエリオの鎧や服を掠め始め、ガエリオの剣が庇いきれなくなってきました。
「くそ……!このガキ……ッ……ちょこまか、と……!」
三日月の方は、
(なんだ、チョコの方がいないとこんな楽なんだ)
と考えを巡らせる余裕が生まれてきました。
一方のギャラルホルンの兵達、そのほとんどが加勢に入ることもできず、
三日月の攻撃に防戦を強いられるガエリオを見守りながら甲板で立ち尽くしていましたが、1人が違う行動を始めます。
なにやら他の数人に声をかけ、オルガ達の船に攻撃をしかけるつもりの様子です。
その動きを見逃さないオルガは、敵船の兵装を確認して「紋章砲!」と指示をしながら、味方の兵の傍へ駆け寄ります。
先に撃てばいいわけではないのが紋章砲の難しいところ。
お互いの船の配置や、相手の紋章砲の属性が物を言います。ただ無闇に撃つことはできません。
今この船の紋章砲で撃つことができるのは、オルガが持つ炎の紋章か、兵士が撃つことができる雷。
こちらが不利になる紋章は水と土ですが……。
光が小さく煌めいたのを感じたオルガは、夢中で叫びます。
カッ!と両方の船から雷の魔法が飛び、相殺し合った力は空中で強い光の爆発となり、その後にはきらきらと光が飛び散りました。
「なっ……アイン、やめろ!白兵戦で勝負をしている間に敵の船を攻撃するなど、俺はそんなことを頼んだ覚えはない!」
「ガエリオ様、ですが」
卑怯などではないと顔に書いてある部下アインを、ガエリオが強く諫めます。
まさに隙だらけ、さぞや三日月は呆れている……と思いきや、雷の紋章の光で彼の注意は「オルガ!」と船に向き、
こちらも攻撃の手は止まります。
しかしすぐに、静電気がパリッと鳴るほどの怒りを露わにしました。
「お前、邪魔」
「なんだと!?舐めるなクソガキ!」
先ほどまでとはガラリと変わった三日月の雰囲気に気づかないガエリオは、今度こそこちらも反撃に出るのだと、
三日月の剣筋を追います。
「また右か……!」
完全に読み切ったと思ったガエリオは、剣を受けた直後にその小柄な身体ごとたたき伏せてやろうと、
ガエリオから見て左から迫る三日月の剣に集中しました。
「終わりだ」と呟く三日月に、「お前がな!!」とガエリオが畳みかけた、その時。
ガエリオの意識の死角であった、三日月の左手に剣が現れ、ガウンッと大きな音を鳴らして
ガエリオの剣を吹き飛ばしました。
「な、に?俺の」
ガエリオがそう驚く間もなく、三日月に足を払われ、デッキの冷たい木の板にたたき伏せられてしまいました。
「ぐあ――――!」
呻き、すぐに体勢を戻そうと動くガエリオですが、その場で動きを止めました。
剣が船の片隅へ転がっていくカラカラという音が聞こえ、ガエリオは「なぜ……」と呟き、その動きを目で追うだけで精一杯。
ガエリオが自分を見下ろしている男を見上げると、その両手にそれぞれ剣が1振りずつ握られていました。
彼の剣は「狼双」
双頭の狼
2本の両手剣
三日月の腰の鞘には、最初から2本の剣が下げられていました。それを1本のみ抜いて戦っていただけの話だったのですが、ガエリオは信じられんと呟きながら恨めしそうに三日月を睨みつけます。
「勝負の途中から……!」
「俺の剣は最初から2本」
「ガエリオ様!」
さてトドメだと、防具で守られていない頭を狙おうとした三日月の腕は、
「ミカァ!!!」
オルガの一言でぴたりと止まりました。