幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅵ
その日、昼間に三日月と戦ったガエリオは、数時間後にギャラルホルンの大船団に合流していました。
別行動中に留守を預けていた自分の部隊の船団に戻ります。
先陣を切る予定の位置にはマクギリスが率いる部隊も見えます。
遅れて合流したガエリオは、夕方になる少し前になって初めて「夜襲の指令が出ている」ということを知り、
部下の前にも関わらず憤りを露わにしました。
「我らは野盗ではないんだぞ!?これだけの戦力で遠征へやってきているのにだ、夜襲などという……!」
と、マクギリスの船に伝令を出します。
しかし、当然非難すると思っていた親友の返答は
「俺よりもっと上からの指示では仕方がない。それともし出会うことがあったなら、例の少年の紋章を調べに行ってほしい」
というものでした。
割り切れということかと声に出しながらガエリオは船の甲板を何往復も歩いた末に、舌打ちをしてようやく止まりました。
「仕方ない、それなら必ずあのガキを見つけ出し、俺が戦いを挑んでやる!」とこれもまた声に出し、
「アイン、準備をしておけ」と目をかけている部下に指示を出しました。
「大丈夫でしょうか」とガエリオの数歩後ろで訊ねます。
「俺が負けるとでも思うのか?」
不愉快だ、と眉をひそめるガエリオに、アインは首を横に振りました。
「いえ、そんなことは。ただ、何の紋章なのか、情報がないというのは気になります」
「ああそれか。それは強大な魔法……とマクギリスは言っていたな。だが、通常の紋章を凌ぐものだとしても、この艦隊を相手に1人でどうなる?何にせよ、昼間は使ってこなかったじゃないか。大したことはない」
「そう、ですね」
力強く笑うガエリオに、アインは頷き返し、夜が深くなっていくのを眺めていました。
望遠鏡使わずとも、ガエリオの船からクリュセの岸辺が見えるようになってきた頃、その攻撃は始まります。
紋章の魔法を放つ兵士、その援護を受けながら上陸していく兵士……。
クリュセの抵抗は思いのほか無いようです。
「口ほどにもない……後味の悪さが増すだろうが」とガエリオが口にした時、監視についていた兵が「ガエリオ様!」と叫びました。
「見つけたか!?」
「あの崖の上かと!」
兵士が指さした方をガエリオも望遠鏡で探すと、崖の上に小さな小さな灯が1つだけ灯り、しかも動いています。
目を細めて確かめると、確かにそれはガエリオが追いかけている少年でした。
「あのガキ、まさか自分だけ逃げる気か!?」
自分が作り上げたイメージの三日月へ、ガエリオが自分1人で怒りを募らせます。
「こちらも上陸して追いますか!?」
アインが指示を仰ぎますが、ガエリオは「いや」と制します。
「今から向かったところで、先に上陸していった兵より速くあのガキへたどり着くことはできん。
それよりあのガキが向かう方向へ、このまま船で近づくぞ!進んでいく先に何か逃げる手段があるに決まっている!」
「分かりました!」
ガエリオの船はギャラルホルンの艦隊から数隻を引き連れ、クリュセの島の中でも暗く険しい岸壁が連なる方角へ、素早く近づいていきました。
クーデリア達と別れた三日月、オルガ、フミタン、そして雪之丞は、暗い洞窟の中に入っていきます。
ここは三日月達がクリュセ逗留の間のアジトにと、普段から出入りしている場所でした。
洞窟といってもきちんと個室やラウンジまで作られていて、過ごすには何の問題もありません。
唯一欠点と言えるのは全て外の光が全く差し込まない部屋ばかりということで、どうなってるのかなと三日月は何度も歩き回ったことがあります。
しかし不思議なことに、どこか落ち着く場所でした。
バーカウンターがある広間に入ると、クーデリアの言葉の通り、クリュセの住民や、三日月達が島を回る間に仲間になりたいと申し出た人間が何人も寛いでいました。
オルガはフミタンへ「さあ、これからどうするつもりだ」と言います。
「もう時間はねえ」
「焦らずにお待ちください。既に準備は整っています」
詰め寄るオルガの勢いにも関わらず、フミタンはとても冷静に答えました。
先ほどクーデリアに駆け寄ろうとしていた時の彼女と同一人物とは思えぬ、
この暖かい群島でも決して溶けないほど研ぎ澄ました氷であるかのような落ち着いた声でした。
「逃げるって話だろ!?それならこっから船か何か移動しないと話にならねえってことくらい」
オルガがフミタンの襟口を掴むほどに詰め寄った時、大きな地震のような衝撃が走りました。
その揺れでオルガはフミタンから数歩離れ、三日月も膝を木の床につけ、様子を伺います。
しかし、岩が崩れるような轟音と揺れがしばらく続く中、オルガが「攻撃か!?」と身構えると、
三日月は「オルガ、違う……」と言いました。
「違う?」
「これ、船だ」
「はあ?」
彼らが身体に感じていた衝撃は、分厚い布に沈んだ時のようなものに変わっていました。
三日月に言われてみれば、オルガも「こりゃ……波か……?」と感じます。
相当大きな船なのでしょうか。普段の航海で感じるものより遥かに大きく上下に揺れているようです。
「ここは、姫様がいつかクリュセと群島によくないことが起きてしまった日のためにと、秘密裏に建造されていた船です」フミタンが言いました。
「……そっか、岩に囲まれてた。だからあんなに暗かったわけ?」と三日月が訊ねると、「はい」と彼女は答えます。
「島の連中は知ってたのか、驚いてるやつはそういえば少ねえな」
そう言われてみると、急な夜襲に避難にという状況の中、余裕さえ感じられるクリュセの住民の様子にオルガは納得しました。
オルガのように驚いている人は恐らくクリュセではない島の人なのでしょう。
三日月の方は、「ああ、だからなんか居心地よかったんだ」と思いました。
ここが船であったから、と。
「もう外に出られると思いますよ」とフミタンが指さした方角は、上2フロア分が吹き抜けとなっているこの広間の、一番上の中央の扉です。
更に、とにかく今はクリュセから離れることだ、とフミタンは三日月とオルガに言いました。
「クリュセの兵が半数ほど乗り込んでいますので、舵は彼らが担う予定です。私はすぐに紋章砲の準備を整えてきます。
もし急に白兵戦となるようであれば、今回はお2人で切り抜けてください」
軍師さながらに状況整理をする彼女を前に、オルガは「アンタが紋章砲を?ウソだろ?」と言うこともできず、
「それで頼む」と頷く以外の必要はありませんでした。
それよりも、駆け上がっていく三日月を慌てて追いかけます。
「ミカ、待てって!ギャラルホルンが外にいるんだぞ!」
「だからだろオルガ。多分この船、相当でかいよ。そんなのいつ攻撃されてもおかしくない」
「そりゃそうだけどよ……!」
「あ、ほんとに海だ」
三日月が扉を開けると、目の前の視界全てが海。
攻撃の音が止まない背後をオルガが振り返ると、先ほどクーデリアやシノ達と別れた岸壁、その形が完全に変わっているのが見えました。
オルガは「あそこから出てきたんだな……」と言い、広い甲板を見渡します。
クリュセの状況とこの船の位置、そして敵の位置を確認しておかなければ。そう考えたオルガは船首へ向かいます。
その時、背後から「オルガ!」と三日月が叫びました。
斜め右前方から、ギャラルホルンの軍旗を掲げた船が5隻ほどが、明らかにクリュセではなく三日月達の船を狙って近づいてきているではありませんか。
フミタンに紋章砲を、と咄嗟に考えたオルガですが、こちらはまだ準備が終わっていないのです。
オルガは必死に、この局面からどう逃げのびるか考えます。
素早く航路を切り替えてすり抜ける、
最初の攻撃だけ耐えて、
それとも体当たりをして強引に突破、
それとも
1秒もたたない間に色々な策を次々と頭の中で切り替えますが、希望には繋がりませんでした。
船団の中央で指揮を執る一番大きな船から、男が手を振りながら何かを叫んでいる様子は、オルガにも見えました。
攻撃が始まるまであと数秒―……!
こんなところで、と彼は強く拳を握りしめ、滴るほどに血を滲ませました。
クーデリアにシノ、ユージン、島に残ったクリュセの人々、皆が覚悟を以て脅威から逃してくれた希望が俺達なのに!
その時の、
「オルガ」
と三日月が呼びかけた声は、周りに戦の声が響く中でもはっきりと届きました。
そして三日月の、彼が訴えていることは、オルガはすぐに分かったのです。
「……ちくしょう!ミカ!」
オルガが顔をひどく歪ませ、後ろの方に立っていた三日月を振り返ります。
三日月の名前が響き渡るのとほぼ同時に、三日月の左手が空に掲げられました。
「オルガの邪魔をするな」
その三日月の怒りに応えるかのように、罰の紋章から禍々しい、夜の闇をも飲み込んでいく昏い光がぶわっ……と湧き上がります。
三日月達の船に向かってきていたのは、ギャラルホルンのガエリオの部隊の船です。
罰の紋章は一瞬だけ宿主である三日月の周囲に湧き上がり、と思った途端、あっという間にその5隻に向かって広がり、その全てを抉り取り、光に触れたところから容赦なく灰に変えていきました。
まず1隻、2隻、そして中央の3隻目へ……。
「何が起きて」とガエリオが認識する暇もなく、その光は彼の船団を飲み込んでいきます。
アインが「ガエリオ様!」と叫んで突き飛ばさなければ、彼も灰になっていたことでしょう。
ガエリオは海に落ちていく間に、自分の船を目にしていました。
そこに見たのは無残にも灰になり朽ちていく姿、そして、甲板に立つアインも光に食われて消えていった瞬間でした。
罰の紋章の光は、ガエリオの船団のうち4隻を飲み込んだあたりでじわりと消えていきます。
その海には、叫び声が響いていました。
意識を失って崩れ落ちる三日月に駆け寄り、その名を呼ぶオルガの声。
最後に残った1隻の船に救助され、数秒前までそこに部下がいたはずの空間に向かって、アインの名を叫ぶガエリオの声。
三日月やオルガ達が乗った船はそのどちらの叫びも気に留めることはなく、静かにガエリオの前を通り過ぎ、大きな波を立てながらただただ先へ進んでいきます。
これが、後に群島解放戦争と呼ばれた戦争の中でも大きな契機となった、
クリュセ占領の日の出来事でした。