幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅷ
その日の夜、目的の島で食料と武器を仕入れ、クリュセの兵士達の紋章を整え、大きな戦いの準備が終わりました。
第三者を装って情報を探ると、ガエリオが教えた通り、既にラズリルはギャラルホルンに降伏して占領されているようです。
内通者は傭兵団の一員、昔、三日月やオルガも訓練という名の嫌がらせを受けたことがある男でした。
「まあそんなことはどうだっていい」
オルガはクリュセ奪還の前哨戦だ、ラズリル解放戦をさっさと終わらせるぞと、
三日月やラフタ、クリュセの兵をいくつかの部隊に分けて奇襲をしかける作戦を話し合いました。
噂を聞けば、早々に降伏したのは傭兵団の主力部隊である大人とラズリルの領主だそうですが、
傭兵団の子供達と領民の一部が抵抗しているとのこと。
内部の事情をよく知る三日月やオルガは、早く片づけないと昭弘達はきっと無茶をするだろうと確信していました。
明日の夜明けとともに決行です。
寝る前に、三日月はガエリオの牢までやってきました。
足音に気づくと、横になっていたガエリオが体を起こします。
「……お前が食事以外の時に来るとはな。俺を殺しにでも来たのか?」
「今日は特別。明日の飯を今持ってきただけ。明日は朝から忙しいから、とりあえずいつでも食えそうなまんじゅうとか置いとく」
三日月はぶっきらぼうに答えて、まんじゅうや汁気のない食材、水が入った袋を牢に放り込みました。
自分の膝の上にぽとんと投げられた袋を見たガエリオは、三日月の目を見ることなく
「……お前達、またギャラルホルンと戦うのか」
と呟きます。
「お前が言ってた通り、俺の仲間が襲われてたから」
当然だと三日月が答えるのを聞いて、ガエリオは「無駄な血を流すことになるというのに……」と俯いて首を振りながら「やはりお前達が信じられん」と、吐き出しました。
「お前に信じてもらう必要なんかないし、無駄なんかじゃない」と感情のこもらない声で三日月が言うと、床に目を落としていたガエリオがのそりと頭を上げました。
「……無駄ではない……」
そうぽつりと繰り返すガエリオを不思議そうに見つめる三日月は、歩き出そうとしていた足を止めて、ガエリオの牢の前にもう一度立ちました。
「なんで?」
「なに?」
「お前達は自分勝手に島1つ分の人間を皆殺しにしたのに、そうされたくなくて戦う俺達の血は無駄なの?」
こいつのことを理解するつもりはない、と昼間にも思った三日月でしたが、彼の言葉や様子はいつも自分の世界とは全く違うものを見ているようで、つい問いかけてしまうのです。
「島……?」
ガエリオには何のことか分からず、怪訝そうに眉をしかめました。
クリュセに攻め入る前に三日月と交戦した際、同じことを問われたことを彼は思い出しました。
「そうだ、貴様、以前にもそう言っていたな。だが何のことだ?」
「とぼけるなよ。ギャラルホルンだろ。ドルトの島を吹き飛ばしたの」
「ドルト?……ああ、ギャラルホルンに叛意を持っていたという島か」
「ハンイ?」
「分からんのか?これだから学のない……ギャラルホルンに盾突こうとしていただろう、という意味だ」
「そんなわけない。クーデリアが言ってた。自分たちの海に攻め込んでこられそうになってたから、抗議してただけだって。
それをあの紋章砲で夜の間にいきなり消し飛ばしたのはお前達」
「島を消した?そんなはずはない、あれは……俺は、俺は威嚇だと聞いている!」
「もうあの島はどこにもない。お前がどんなつもりでも、死んでった島の連中には関係なんかない」
「……そんなバカなことが……いくらなんでも、俺の国が、そんな戦でもない、ただの虐殺など……」
「紋章砲の話は?」
「知らん!軍の中でそんな話は聞いたことがない……!俺はこれでもギャラルホルンを統べる家門の者だ、その俺が知らんことなど……いや待て……以前、マクギリスが話していたような……そうだ、どこぞの商会と手を組んで、エリオン公が何かの兵器を建造しているというあの話……」
自分の中の記憶を手繰り寄せるガエリオの呟きを、三日月は黙って聞いています。
「……それにドルト島を制圧したと発表したのはエリオン公……ラスタル、あの男だったな……」
ガエリオの中で、マクギリスとの会話と三日月の怒りとが、さぁ……っと繋がっていく音がしました。
「おいクソガキ」
「……」
「……みか、づき、だったか」
「何?」
「俺をドルトへ連れて行け」
「お前、今どんな時か分かってんの?」
「い、今すぐなわけがあるか!お前達がラズリルを解放した後に決まっている!」
「……ギャラルホルンに歯向かうのは無駄だって言ってなかった」
「……貴様が、負けるつもりなのか?」
はっ……と不愉快そうに笑うガエリオは、牢の格子を掴み、三日月の服を掴んで引き寄せます。
「ふざけるなよ!!このクソガキ、こんな所でギャラルホルンのその辺の雑兵に貴様が殺されるなど、俺は許さんぞ!」
大きな黒い目を一瞬見開いた三日月は、
「勝手なことばっか……」と息を吐きながら、すぐにガエリオの腕を音がするほど握りしめました。
「……ぐ……」
「お前に言われなくても」
叫ぶわけでもない小さく低いその声は、とても冷たい怒りを帯びていて、ガエリオは心の底から震えながら、どこかでこれと同じ目と声に触れたことがあるなと思いました。
(……そうだ、このガキ、マクギリスとどこか似ている……)
納得できないことがある時
ギャラルホルンの慣習に静かに異を唱える時……
マクギリスもこの三日月と同じ空気を纏うことがあります。
(……しかし、あいつは海神の申し子と呼ばれるほどの、軍神のような男だぞ。それと同じなど、こんな子供に……)
これ以上気圧されるまいと唇を噛んで深く息を吸い直したガエリオは、キッと三日月の目を改めて覗き込みます。
「……いいか、さっさとあの島を解放して戻ってこい。ギャラルホルンへの抵抗が無駄などではないと言うのなら、見せてみろ!
その程度できないのなら、やはり貴様の威勢はその口だけだったということだ」
「勝手に言ってろ」
ぱしんとガエリオの手を払い、三日月は牢を後にしていきます。
檻を掴みながら、ガエリオはいつまでもその背中を睨み、「いいか、絶対に生きて戻れ!」と叫びました。
「俺の部隊を壊滅させた貴様が俺以外にあっさり殺されるなど、俺にとってはこれ以上のない屈辱と罰だからな……」
船の第4層へ上がる階段の1歩手前で立ち止まった三日月は、振り返ることなく、
「罰……」とぽつりとガエリオの言葉を繰り返します。
少年は自分の左手の紋章に目を落とし、やはりそのうち、この男に聞いてみようかと思いました。
クーデリアに紋章の名前を聞いてから、ずっと不思議に思っていたことについて。
どう聞いたらいいのか、それすら曖昧だった自分の心の中のモヤモヤした霧が、
ようやく言葉になった気がします。
今日の解放戦に勝って戻ったら、オルガにドルトへ寄ってもいいか尋ねようと思いながら
三日月が甲板まで上がると、ちょうど朝陽が昇って海を照らし始めたところでした。
後にラズリル解放戦と呼ばれた要塞戦まで、あと数時間。