幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅷ

クリュセの船に囚われたギャラルホルンの兵達を気に掛ける余裕がある者は多くありません。
静かな第5層に食事を運ぶのは三日月でした。
万が一暴れられた時に対処できるようにと、しばらくは彼が担当するようオルガが頼んだのです。
ガエリオ以外にも兵達は収容されているので、トレーをいくつも載せたワゴンを運ぶ際はクリュセの兵士も何人か一緒ですが、
1日に何度も訪れるのは非常に手がかかるので、朝にまとめて一度に運ぶようにしています。

三日月がこうしてガエリオの牢の前に立つのは3度目でしょうか。
「ご飯」と一言だけ声をかけてトレーを中に入れると、「……ああ」とだけ返してガエリオがそれを引き寄せました。

しかしガエリオがすぐスプーンを取ることはなく、何回か瞬きをした後、戻っていこうとする三日月の背中に「ラズリルへ向かっているのか」と声をかけます。

「……お前には関係ない」と言いながら、三日月は足を止めます。

それを見たガエリオは、偶然と皮肉だなと呟き、「まさか、お前達の仲間がそこにもいるとは……」と続けました。

「お前、知っててオルガに教えたんじゃないのか？」

三日月はくるりと引き返し、ガエリオの牢の前の空の酒樽に座って尋ねました。

「そんなわけあるか。俺はただ、ギャラルホルンの計画通りなら次はラズリルへ向かうはずだと、知っていたことを教えただけだ」

「なんで？」

「なに？」

「教える義理はない、とか言いそうだから」

「……俺の部隊を丸ごと見逃したお前達へのけじめだ」

「……そんなもん？」

「お前に理解されようとは思わん。それが俺の誇りだ。俺の……お前達に言わせれば、犬に食わせておいた方がマシな、そんなものだろうがな」

「ふーん」

牢の中に座り込むガエリオは、格子の向こうで不思議そうに呟く三日月を（あいつは、本当にあの鬼神のようなガキと同じ者か？）とまじまじ眺めています。
先日の海の上での戦いでは、心の底から忌々しいとばかりの低い声で短い言葉を吐き捨て、ガエリオの首を落とそうとした少年は、
今やその大きな目で興味のあるものを追うだけのただの子供に見えました。
……もちろんオルガ達に向けるほど丸いまなざしではなく、ナイフのような鋭い緊張感は帯びているのですが。

それくらいまじまじと三日月を観察できることに対して、自分でも（既に正気を失ったのか）とガエリオは思います。
はたまた、敵討ちをすることはできないという事実から目を背けたい防衛本能でしょうか。
目の前にいるのはアインの仇だ、と怒りを抱き続けるには、ガエリオは弱りすぎていました。
「お前が部下を殺す」というオルガの言葉も、静かにガエリオの心の深いところに刺さったのかもしれません。

「……オルガ、だったか。お前達のリーダーは。あいつに伝えたように、あの島が墜ちるのはきっと速いぞ。
ギャラルホルンはクリュセに攻め入る前から既に内通者を見つけていたはずだからな」

「……」

黙る三日月は毛が逆立った獣のように怒りを放っています。

セブンスターズの会議でラスタル・エリオンがそんなことを言っていた、と思い出したことも、ガエリオはあっさりとオルガ達に告げていました。
ギャラルホルンを裏切ったという気持ちはあまりありません。
何故だろうと、突然訪れた捕虜の退屈な時間の中で自分の行動の理由を考えるガエリオは、
（仲間があそこにいる、とこいつらが言ったからかもしれん……）とぼんやり思いました。

ガエリオはギャラルホルンの中でも珍しく、不義理を許せない男でした。
ラズリルと傭兵団を、仲間を裏切る人間を見つけたとラスタルから告げられた際、そんなゲスな行為をする人間がいるのかと怒りを覚えた気持ちが蘇り、
それならばこれくらいは教えてやってもいいか、とガエリオの基準で判断したのです。

「……これで俺の中では多少フェアになる。あとはお前達次第だ」

小声で呟いたガエリオの言葉は三日月には聞こえず、
「何か言った？」と聞き返されますが、フンと鼻を鳴らし目線を逸らして「空耳だろう」と返事をしました。

三日月がそろそろ戻ろうかと思ったその時、「あ」と頭を跳ね上げガエリオの方を見ます。

「そういえば、ギャラルホルンの軍人って俺よりは頭いいんだっけ」

「なんだと？」

「シノが言ってた」

「おい」

聞き返すガエリオには応えず、酒樽を降りた三日月は牢の前に立ちます。

「……お前、この紋章のこと知ってる？」

そう言うと、突然左手の甲をガエリオに向けて問いました。

「……！！
それは……それが！！アインの、俺の部下の命を…………！！」

弱りかけたガエリオの怒りの炎は、不意に油を注がれて再度燃え始めたように見えます。
しかし、ガエリオのその反応を見た三日月が
「……やっぱりいいや」
とため息をつき、振り返ることなく牢から離れて階段を上っていく姿を、ガエリオが目で追うことはありません。
ガエリオは牢の格子に背を預け、腕で頭を抱え、ただ丸くなって呻くばかりでした……。