幻想水滸伝パロⅣ―Ⅲ
それは三日月とラフタの剣戟や、その場すべての音を静かに飲み込みました。
アジーが乗る船の後ろに、いつの間にかそれより一回り以上大きな船がざぁ……っと近づいています。
その船首に立つ女性を目にすると、
「姐さん……」アジーはやれやれと頭を振りつつ背後のラフタに目線を流し、
「姐さん、こいつらがあの人魚の子を攫おうとしてて!」起き上がって三日月達をレイピアで指すラフタ。
褐色の美女は、腕を組みながら2人に1度ずつ視線を向け、次に少し遠くを見るようにしてアトラ、そして三日月とオルガ達を順番に黙って眺めます。
「……ラフタ。襲う時は相手をちゃんと見な。いつもそう言っているじゃないか」
「えー!?なんで、だって!」
「ほら」
「アジーまで!!」
「ラフタ、あたしにはあの子がお前に怯えて、あの男達に助けを求めているように見えるよ。
……ちょっとそこの小さいの!」
「……俺のこと?」
よく届く声で30メートルほど先から呼ばれた三日月が、怪訝そうにラフタから一歩前に出ます。
「あたしの部下が迷惑をかけたようだね。
ただ、確認したい。その人魚とお前達はどういう仲なのか」
「……仲?」
「三日月はわたしの友達!」
網をしっかり握ってアトラが叫びます。
「……友達?」
関係だとか仲だとか、それに友達というのもいまいちピンとこない三日月は、不思議そうに首を傾げます。
答え次第では戦闘になる気配。それも女性と。
それは願い下げだと思うシノとユージンが、ハラハラと三日月を見守っていました。
「はっきりしな」
「……アトラの、攫われた仲間を助けるってさっき約束した。
何か文句ある?」
「見たところ、そんなお人好しをしてやるような深い仲にも見えないけど……
いや、そこまで問うのは野暮ね。分かった、こちらが悪かった」
大きな船が、アジーが乗っている小型船の横を抜け、オルガ達に近づいてきました。船首まで2メートルほどという距離にまで近づくと、ラフタがそちらへ飛び移っていきます。
それを見届けて、三日月の横までオルガが近づいてきました。
「アンタ達は海賊か?」
「そうさ。この辺の海域はあたし達タービンズが仕切ってる」
「やっぱりな。噂は聞いてるぜ。義賊だっていう話もだ」
「女子供を守るのは当たり前だろう?
あたしはタービンズのアミダ。そこの小さいのも、ラフタに一歩も引かないなんてなかなかいい腕だね」
「姐さん~もう少しでアタシが勝ってたってば」
「ラフタ、姐さんが話してる間、黙っていた方がいいよ」
「お前がボスかい?」
アミダに指を指されたオルガは、隣の三日月や後ろのユージン達の顔を見ますが、全員が「そうだ」と言わんばかりに無言で大きく頷いています。
「……って、ことになってんのかもな。オルガだ」
「お前達が人魚狩りを追うのなら、手を組むってのはどう?」
「アンタ達と?」
「そう。あいつらは最近この辺に流れ着いた荒くれなんだけどね、目に余るやり口で暴れただけでも腹に据えかねていたってのに、ここにきて人魚狩りときた。
そろそろ黙っているわけにもいかなくなったというわけ」
「その誘いはどうだかな……俺はアンタ達が義賊だっていう話も疑ってんだ」
「何それ、ちょっとどういう意味!」
アミダを睨むオルガのぶっきらぼうな言い方にラフタが食ってかかりますが、彼は構わず続けます。
「俺達がこの間まで飯食ってた傭兵団を襲ったのは、アンタ達タービンズじゃないのかよ。お前達の船と同じ旗を掲げてたって、居合わせた連中から聞いたぜ。
そっちの……アミダって言ったか、アンタがボスなら知ってるはずだ」
オルガが話すのは、傭兵団を卒業して三日月の初めての仕事の時、海で襲ってきた海賊船のことでしょうか。
(そういえば誰かが、なんとかの下の連中とか言ってたやつか……なんだっけ、テイ、ズ)
と三日月もぼんやりと思いだしました。名前までは覚えていませんでした。
「はあ!?言いがかりにもほどが」
「……やめな」
再び船を移って切り込みかねない勢いのラフタを、アミダが左手で制しました。
アジーが小型船をアミダ達の船に寄せ、自らも飛び乗っていきます。
「……姐さん、もしかしてそれは、あの人の話じゃ……」
「ちょ、ちょっとアジー何言ってるの、そんなわけ」
クールな顔に少し影を落としたアジーが呟いた「あの人」に、ラフタは見るからに動揺し、アミダの方は眉をひそめました。
「オルガ」
「なんだ」
「あたしはボスじゃないよ、今はボスの代理。
お前のところを襲ったというその海賊の話だけど、詳しく聞かせてほしい」
「あ?今は……」
面倒だという感想以外に、オルガは海のアトラを見ました。
「お姉さん達が……」
三日月達の船の陰から恐る恐るアミダ達の船を眺めていたアトラは、どんどん時間が過ぎていく焦りから、また不安が強くなっているようでした。
「!ああ、そうだった。
連中のアジトに目星はつけてある、まずは人魚狩りの方を片付けてから。
あたし達を疑うのはいいよ、だけど一致している利害を捨てるほどの無能じゃないだろう?」
「……仕方ねえか」
「いいのかオルガ」
このメンバーの中では、オルガの次に用心深いのがユージン。
成り行きを見守っていましたが、オルガの背中を小突き、ひそひそと耳打ちしてきました。
「アトラの仲間を攫った連中のワナだったらどうする」
「こっちは相手の人数も分からないしな……わざわざ俺達をハメて得するようにも見えねえ。タービンズの話の真偽はともかく、何よりここは向こうの庭だ、断って2隻を敵に回す方がマズイ」
「……わかったよ。なら、様子見だな」
「当たり前だ。警戒は解くなよ」
「なー別にいいだろーオルガ、ユージン。あのお姉ちゃん達と戦わないで済むんならなんでもよ」
「シノ!」
いつものノリでアミダ達についていこうとするシノを、オルガとユージンの声が同時に窘めました。
オルガ達のやりとりを静観するアミダ達の船を見て、三日月は思います。
なんとなく。
三日月の感性が、彼女達は敵ではないと。
「……なんか、クーデリアの船に拾われた時みたいな感じ」
「うん?小さいの、クーデリアのお嬢ちゃんの知り合いかい?」
「三日月」
「ふうん……あの子がよそ者にお遣いねえ。そろそろ本気で重い腰を上げる気になったのか、それとも……」
「お前もクーデリアを知ってる?」
「アミダだよ。ああ、あのお嬢ちゃんは他の連中よりアタシ達に理解があって、付き合いが少し……
まあこれはまた別の話さね。さて」
アミダは小さく笑って、男3人で小競り合いを始めそうなオルガ達に向かい声を張りました。
「そろそろ決めな、坊や達!」
問われた青年達は、ため息をついた後にしっかりと足を開いて、海賊達の前に立ちます。
その海賊達の手を取り、目指すのは卑劣な人魚狩りを繰り返しているという怪しい商会のアジト。
しかし、三日月やラフタ達が手を組み戦うことになった以上、苦戦する予感はありません。
問題は、まだ三日月達の認識の蚊帳の外。
その商会がギャラルホルンと通じているということを、その時はまだ誰も知りませんでした。