幻想水滸伝Ⅳパロ―Ⅷ
「お前が死んだ方が、後ろの連中はホッとするかもね。
お前のせいで死ななくて済む」
「後ろ……」
何を言っているのかとガエリオがのろのろと呟いたところへ、オルガが止めに入りました。
「待てって!ミカ」
小舟に乗り移ってきたオルガに左腕を抑えられた三日月は、まだしばらく考えていたようですが、
「……うん」
と頷いて剣を下ろします。
「さて、ミカが言う通りだな。ギャラルホルンの軍人さんよ」
三日月を2歩下がらせたオルガは、うずくまるガエリオを見下ろして話しかけました。
これは余談ですが、ガエリオはこの時初めて三日月以外が視界に入ったのだ、と後に周囲に話しています。
「そのガキの言う通りだと……?俺が、誰を殺すと……」
「まだ分かんねえのか、お前の部下はまだ生きてんだろ」
「何をぬけぬけと、貴様らが、アインを」
「後ろを見ろよ」呆れた声でオルガは顎をクイと海に向けました。
「……あ……?」ガエリオは一度首をかしげながらそう呟き、少し考え、息をのみながら二度目に「…………あ……」と呟きます。
ばっ……とガエリオが三日月達の船の反対側に目を向けると、そこには負傷し弱々しく不安そうに見守る兵たちがいました。
これまで相当に無理な強行軍を続けていたのでしょう、そこにいるのは残虐な侵略行為を躊躇なく遂行する軍国の兵士ではなく、
ただの疲弊しきった男達でした。
「俺の……」
「ああ、お前のせいだな。ミカの言う通り、あいつらが死ぬとしたらお前の強引な追撃のせいだ」
「…………」
開いた口を塞げないまま、ガエリオは黙って彼らを眺めています。
オルガは、ガエリオはどうするだろうと考えていました。
失った部下のためにこれだけ敵を追いかけ回す男なら、これが一番効くかもしれないと。
もし聞く耳を持たないならそれまで、これ以上貴重な時間を割くわけにはいかないと……。
遥か遠くを眺めているような朧げなまなざしをしていたガエリオは、肩の力をがっくりと落として大きく一度ため息をつき、顔を上げてオルガの目を見ました。
「……お前達の、軍の名前は何だ」
「あ?なんだそりゃ。別に名前なんてねえよ」
「……まあ何でもいいか。俺と俺の部隊を見逃せば、いずれギャラルホルンの本隊がお前達を本気で討伐に来るかもな……」
「そうだな。だからどうしようかって考えてる」
「殺すのか?」
「俺としちゃあ、この場でお前達が俺らに突っかかってきたってことがバレなきゃもうどっちでもいいんだが。てめえはどっちがいい?」
「……俺を捕虜にしろ……いや、俺を捕虜にしてほしい。そしてその代わりに、部下を救ってくれないか」
頼む……と、ガエリオはオルガに頭を下げました。
もちろんオルガに全員殺すという考えは全くありませんが、すぐに良しとも言いません。
(……まあ、予想通りの展開でありがたいが……)
残りの兵士だけを解放するか、この場の全員捕虜にするか、それはなかなか難しい判断です。
「俺の命と引き換えに部下を助けろ……とは言わねえんだな」
オルガの厳しい言葉に、自分の決意の更に上の提案にガエリオは狼狽え始めました。
「う……それは、それしかないのか?でなければあるいは……いや、その」
真顔で悩まれるのは困ると、オルガはひらひら手を振ってガエリオを制止します。
「あーいいさ、やめろやめろ、言ってみただけだ。
まあ……全員捕まえてもいいが、船の中に爆弾抱えるのもな……かと言って自由にしたやつらに本隊を呼ばれでもしたら……」
ぶつぶつと言うオルガの態度に、ガエリオはもう一段深く頭を沈め、「俺が全て責任を負う」と頼み込みます。
「ギャラルホルンに……誓っても意味はないか。
俺の命と、先に喪くした部下達に誓おう。捕虜となっている間に、俺やあの者達がお前達に危害を加えることはない。だから……」
「ミカにもか?」
「……っ……」
オルガに問われたガエリオは、大きく体を震わせて音がするほど歯を食いしばり、「……ああ」と答えました。
2人のやりとりを眺めていた三日月は、オルガの「よし」という一言を聞き届けた途端に、剣を鞘に収めて自分の船に飛び移ってゆきました。
戻ってきた三日月を目で追ったラフタは、再びオルガ達が対峙する小舟を見て
「あーあ、あの牢屋みたいな部屋、まさかこんな早く使うことになるなんて思わなかったよ」
と苦笑いし、その隣のアジーは「ギャラルホルンの捕虜なんて初めて……」と小さな声で感嘆していました。
その後、彼らの他にクリュセの兵も数人が手を貸し、ギャラルホルンの小部隊を捕虜として収容していきます。
これでしばらくは人材集めに専念できるか……と皆が思っていたのはその時まででした。
船の第5層の隅にある牢に入ったガエリオが、オルガに
「お前達に忠告がある」
と言うその時まで。